どうも僕です。
いつも読んで頂きましてありがとうございます!
今回は住まい造りに必要なものは相対的な感覚よりも、絶対的な感覚なのではないか?ということについて考えたいと思います。
初めての方は過去のブログからお楽しみ下さい。住まい作りでの体験談を物語り形式で綴っております⇩⇩⇩
あっ、あと、もう一つブログをやっています。よろしければ是非。連載再開しました最新記事は、僕とある野望を叶えた親友の話の第6話を書いています。
つまらない比較対抗意識のせいで、自分のためにお金が使えない
人よりも凄い家に住みたい。人よりも良い家に住みたい。人よりも満足したい。人に羨ましいって言われたい。
自分の理想の住まいを造るということを大前提に住まい造りを進めていた僕ですが、心のどこかにこんなスケベ心がありました。
そして、迷走しました。
なんとも恥ずかしい話です。そんな思いを持っていた当時の僕を心から軽蔑しますよ。マジでw
とはいうものの、人間としては極めて順当な考え方で、これが人間たらしめていることなのかもしれません。
しかし、本当の意味で自分の理想の住まいを造りたいのではれば、こういう思いは悪でしかありませんよ…
だって、本来の僕の価値観でいうと、住まいに求めなきゃならないのは相対的な物ではなく、自分の暮らしに基づく唯一無二の絶対的なものが必要なのだから。
当時の僕はそんなことを理解せずに、やるかやらないかの判断材料の最終決定の要素に「人が見てどう思うか?」「これは人が羨ましがるだろうか?」ということに大きく判断を左右されていました。
もっと言ってしまえば…もうね…白状します…ほぼそれでしたw
自分に必要かどうか?自分がそれに価値を見いだせるかどうか?自分が好きかどうかは、そういった自己顕示欲の次に来てましたねw
そりゃ失敗しますよw
上には上がいるわけだし、そういうことはもっと稼げるようになってからやれ!今のお前には無理だ!ってなもんですよ…
大して稼ぎも良くないのにホントにアホですねww
そんなどう転んでも勝てない勝負に対抗意識を燃やしたせいで、自分が本当に求める理想の暮らしにお金が使えないなんて完全に本末転倒です…
人よりも良い家に住みたい感情も必要な時があるかもしれませんが、僕はやはり健全に住まい造りをする上では悪だと考えます。
置かれる環境によって判断を左右されることからの脱却
まぁ、今思うのは諦めるているわけでも、今の自分の状態に言い訳をするわけでもないけど、そもそも住まいに対する満足度や幸福度って相対的なものではないと思うんです。
誰かにとっての満足や幸福は、僕にとっての満足や幸福ではないわけだし。人それぞれ求めるものが違うわけだし。人によって満足や幸福の基準って一定じゃないわけだし。
あっ、でも、その価値観の中だけで井の中の蛙や裸の王様のように、唯我独尊をするわけではなくて、相対的な事を知った上で「足るを知る」ということが住まいを楽しむコツなんじゃないかなーって思います。
色々と知った上で、今自分が置かれている状況、周りの人の家に対して思うことからの脱却、既成概念からの脱却が自分にとって最高の住まいを手に入れる条件の一つなのではないでしょうか。
僕は多くの人の助けを得て、様々な事を知り、その概念から脱却することができました。
いや、マジで最初は怖かったですよ!住まい造りなんて始めてなわけだし、自分の判断が正しかったかどうかなんて住んでみないとわからないわけだし。
でも、今はその判断が正しかったと思ってます。住んで5年しか経ってないけど。相対的な満足感よりも、自身の絶対的な満足感を求める選択をして良かったと心底思ってます。
「そんなもん自己満足だろ!」と言われるかもしれないけど、自己満足でいいんじゃないかしら?自分の家なんだもん。
その時できる全力を出し切って、理想の暮らしを手に入れて満足してる。それはそれで完成されているんじゃないかしら?
「他の人よりもリア充したい!」その思いは果てしないです。そして、向上心を持つ上では必要な感情です。
でも、それに囚われると僕のように迷走し、本末転倒しロクなことになりません。
これから住まい造りをされる方は、どうか僕のように本末転倒しないことを心からお祈り申し上げます…
ってか、普通にやってりゃこんなことにならないんですけどねw
ただ、こんな風に迷走をして、いろんな人に迷惑をかけたアホがいたということを心の片隅に置いて、住まい造りの参考にしてもらえれば幸いです。
ということで、本日も最後まで読んで頂きまして本当にありがとうございます!次回またお会いしましょう!
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